2019年07月08日
内外政治経済
研究員
板倉 嘉廣
今春、筆者は広島銀行(本店広島市)から研究員として当研究所に出向し、「働き方」が一変した。最大の変化は通勤であり、徒歩5分が満員電車1時間に。それ以前は2016年2月~2017年9月まで、インドネシアの首都ジャカルタにある国営銀行の本店でトレーニーとして在籍していた。帰国後も同国の政情が気に懸かり、2019年4月に行われたインドネシア大統領選をウェブ上で検索したところ、大変気になる記事を見つけた。
今回の大統領選の開票作業に関わった700万人に上る作業員などのうち、およそ500人が過労死などで命を落としたと伝えられていたのだ。現地からの報道では、大統領選に地方選が重なり、作業が膨大になったらしい。投票所開設と開票作業の両方を担う人は、さらに負担が過重になっていた。また投票所での交通整理中、事故に巻き込まれて死亡した警官もいた。
なぜそんなことが起きるのか―。と思われるかもしれないが、筆者は彼の国では十分あり得る事態だと直感した。普段の働き方が非常に緩いため、選挙など突発的なイベントで急激に仕事量が増えると、対応が難しくなる社会だからだ。
インドネシア人の働き方を振り返ると、一般的に国民は仕事よりも宗教を人生の糧とする。だから休みも宗教が主体になる。人口の8割はイスラム教徒であり、正午ごろの礼拝が終わればモスク(礼拝堂)で昼寝する人も少なくない。赤道直下で、年中暑い気候のため、体を動かしにくい。このため、人々は実にのんびりしている。
祝祭日もイスラム教やキリスト教、仏教、ヒンズー教に関連するものが圧倒的に多い。代表的なのは、イスラム教徒が1年に1度のラマダン(断食月)を過ごした後のレバラン(断食明け)休日。ラマダンの終了直後から、1週間程度は休みになる。それがいつ始まるか直前まで分らないため、ジャカルタで働く外国人は毎年バタバタする。
しかもイスラム教徒であっても、キリスト教や仏教などの祝祭日(クリスマスや旧正月など)も「公休」になる。このほか、地域限定の祝祭日ルールもある。例えばヒンズー教徒が多いバリ島では、例年3月に新年の祝祭日がある。島内での外出が禁止され、ホテル以外への電気供給も止まる。空港さえも緊急事態を除いて閉鎖され、「静寂の日」が徹底される。
地方選挙が行われる場合には、地域限定で投票日の休みが直前に決まるなど、年初のカレンダーに載らない休日も多い。2019年のカレンダーをみると、リコーの年間休日数は10連休を含めて126日。これに対し、インドネシアは118日にとどまるが、実際の休日数は日本より多いように感じる。
休みだけでなく、インドネシアの「働き方」は日本とは大きく異なる。特にサービス業では問題が発生すると、まずは自分の仕事を増やさないことを優先し、顧客対応の先送りやクレームの握り潰しが横行する傾向にある。
3年前、筆者がインドネシア国鉄の特急列車を利用した際、最初に乗車した列車が大幅に遅延。乗り継ぎ列車に乗り遅れてしまったため、駅でチケットの払い戻しを請求した。ところが、駅員は「No!」―。「駅の窓口でキャンセルできるのは出発時刻の2時間前まで。だから(今回のケースでは)キャンセルできない」と言うのである。日本では「お客様は神様」だが、ところ変われば...である。
ジャワ島東端のバニュワンギ駅に到着した急行列車
(写真)筆者
それでもインドネシアは世界第4位の人口2.6億人とさまざまな宗教、それに貧困問題を抱えながら、社会をのんびり運営している。対照的にこれまで日本人は「過剰品質」と言われるぐらい、働くことを美徳としてきた。最近は「働き方改革」が叫ばれているが、仕事以外の価値観を重視する「休み方」ではインドネシアにかなわないように思う。
板倉 嘉廣